【南アルプス小屋番インタビュー】千枚小屋・北村恵介さん
- Nagamatsu TENKO

- 4月6日
- 読了時間: 5分

「8000m峰への挑戦から南アルプスの番人へ。山を次世代に繋ぎたい」
南アルプス北部の荒川三山へと続く登山道に位置する「千枚小屋」。ここで小屋番(管理人)を務めるのが、かつて世界の屋根、8000m峰に挑んだ北村恵介さんです。千葉県出身の彼が、なぜエベレストを目指し、そして今、南アルプスの深い懐で登山者を迎えているのか。北村さんにお話しを聞きました。
── 登山を始めたきっかけは「30歳の転機」だったそうですね。
実は、20代までは登山とは無縁の生活でした。30歳までクラブチームでバスケットボールに打ち込んでいたんです。しかし、30歳を過ぎると自分より体力のある若手がどんどん入ってくる。チームスポーツの中で、自分の体力の限界や役割の変化を感じるようになりました。
その時、「これからは団体競技ではなく、自分のペースで、しかも歳を重ねても一生続けられるソロスポーツは何だろう?」と考えたんです。もともと自然が好きだったこともあり、友人と山に登ってみたところ、登山ていいなと思い、「これだ!」と直感しました。それが32歳の時です。
── 32歳で始めて、すぐに8000m級を目指されたのですか?
始めるからには高い目標を、と思い「エベレスト登頂」を掲げました。でも、ただの夢で終わらせたくなかった。5年後にエベレストの頂に立つためには、1年目に何をすべきか、3年目にはどのレベルの山に登るべきか。基礎体力には自信があったので、「逆算」して準備を始めました。
当時、モンベル(登山用品メーカー)で働いていたことも大きな支えになりました。会社がギアの提供や遠征のための長期休暇を認めてくれるなど、挑戦を後押ししてくれる環境があったんです。
── 2016年、2017年と世界の巨峰に挑まれましたが、その経験を教えてください。
37歳の時、世界第5位の高峰マカルー(8,485m)に登頂しました。
翌年には世界第3位のカンチェンジュンガ(8,586m)に挑みました。結果は8,262m地点での撤退。ピークを目前にしながら、ロープが頂上まで届かなかったんです。8000m峰では各隊員が少しずつロープを伸ばしてルートを作りますが、雪崩などでルートが変われば計画は狂います。
ただ、私はそれを「運が悪かった」とは思いません。ルート工作を含めて、最後までやり遂げられなかったのは、結局のところ自分の実力が足りなかった。山に対して謙虚にそう受け止めています。
── その後、一度は「山を辞めた」と伺いました。
コロナ禍という大きな時代の変化があり、3年前にモンベルを退職しました。その際、自分の中で一区切りついた感覚がありました。
でも、自分には「山の現場」がいいなと思い、次に何をしようかと考えた時、特殊東海フォレストの山小屋スタッフ募集を見つけました。今度は登る側ではなく、迎える側として山に関わろうと思ったんです。
── 数ある山域の中で、なぜ「南アルプス」を選んだのでしょうか。
南アルプスは、とにかく山が「デカい」んです。一歩踏み入れると、そのスケールの大きさに圧倒される。この感覚はヒマラヤやネパールの山々に通じるものがあります。私は、そんな大きな山が好きなんです。
最初は、冬に縦走した際に避難小屋として泊まった「荒川小屋」を希望していました。そこから見た日の出の美しさが忘れられなかったからです。結果として千枚小屋への配属となりましたが、ここもまた素晴らしい場所です。1年目はスタッフ、2年目は副管理人、そして3年目の今年、初めて小屋番を任されることになりました。
── 実際に小屋番として働いてみて、いかがですか?
景色は最高ですし、下界よりずっと涼しい(笑)。何より、スタッフみんなとワイワイ楽しく運営するのが今の喜びです。
下山してからのオフシーズンは、また別の顔を持っています。カヤックのインストラクターとして沖縄へ行ったり、魚屋で働いたり、蕎麦の出前をしたり。大型免許やフォークリフトの免許も持っているので、仕事に困ることはありません。「とりあえずやってみて、ダメなら変えればいい」というのが私の信条です。そんな自由な生き方を支えてくれて、福祉の仕事をしている妻には、本当に頭が上がりませんね。
── これからの展望、そして次世代へのメッセージをお願いします。
私の今の目的は、先輩たちが繋いできてくれたこの山の文化や自然を、次の世代にしっかりと繋いでいくことです。
今、南アルプスを訪れる人の多くは40代から60代です。北アルプスに比べると女性や若い世代が少なく、男女比も2:1くらいでしょうか。南アルプスは山が深く、登山口に辿り着くのも一苦労、縦走には何日もかかります。若い人が休みを取りづらいという事情もあるでしょう。
でも、だからこそ、若い子が小屋に来てくれると本当に嬉しいんです。山登りは人生を豊かにしてくれる最高のスポーツです。千枚小屋という場所を通して、若い世代や女性がもっと気軽にこの「デカい山」を楽しめるようなきっかけを作っていきたいと思っています。
【インタビュー後記】 北村さんの語り口は軽妙で、8000m峰の登頂者という肩書きを感じさせない親しみやすさがあります。「やってダメなら変えればいい」という柔軟な思考は、変化の激しい高山で生き抜いてきた証かもしれません。千枚小屋を訪れた際は、ぜひ「北さん」こと北村さんに声をかけてみてください。そこには、山と人を愛する一人の「番人」の笑顔があるはずです。by Tenko





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